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東京高等裁判所 昭和54年(く)411号 決定

少年 I・T(昭三九・七・二七生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、抗告申立人ら共同作成名義の抗告申立書及び抗告趣意補充書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、少年に対する原決定の処分が著しく不当である、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討すると、本件は、少年が、原判示のとおり、(一)他の少年と共謀のうえ、自転車一台を窃盗し、占有離脱物である自転車一台を横領し、(二)自己の通学する中学校教諭に傷害を負わせ、(三)喫煙、シンナー吸入、飲酒等をくり返し、怠学も多く、保護者の正当な監護に服さず、このまま放置すれば、更に薬物関係事犯や暴行、傷害等の罪を犯すおそれがある事案であつて、原決定が、その理由中で、本件非行及び虞犯の経緯、少年に対する関係者の改善のための努力、少年の生活歴、生活態度、保護者の保護能力等の事由を掲げて詳細に説示するところは、当裁判所においてもこれを相当として是認することができるのであつて、少年の要保護性は強いものがある(この点について所論のような事実の誤認はない)のに、その家庭環境も芳しくなく、保護者の保護能力に期待し得ず、他に少年に対する監護を期待し得る適切な社会資源も見当らないこと等をしんしやくすると、原審が、少年の健全な育成をはかるためには、現環境から引き離し、施設に収容のうえ規律ある矯正教育を受けさせ、これまでの放恣な生活態度を根本的に改めさせることが必要であり、相当であるとの判断のもとに、少年を初等少年院に送致したのは、相当として是認できるのであるが、当審における事実取調べの結果をあわせて更に検討すると、原決定後、保護者(殊に父親)において、少年に対する従来の教育態度につき反省と自覚を深め、少年の再教育を真剣に検討した結果、従来交際のあつた非行少年グループとの接触を遮断し、全く新たな環境のもとで、父親は多忙を極める仕事の一部を整理して時間の余裕を作り、母親は従来の生活態度を改め、共に少年との家庭における接触、指導に力をつくし、その再教育にあたるべく決意し、親子共々東京都世田谷区○○×-××-××(B方)に登録住所地を移転して引越しの態勢を整え、同地区の中学校に転校手続を済ませるに至つたこと、少年も、鑑別所、少年院と、はじめてのきびしい生活体験をへたことにより、従来の生活態度を深く反省し、父親との心の交流のもとに規律正しい生活への決意を固めていること、その他少年が家庭裁判所の処分を受けるのははじめてであること、少年に対する鑑別結果は、専門家と父親が密接に連絡をとり合いながらの在宅保護(専門)の意見であり、調査官の意見も、結論としては短期収容による矯正教育を適当としながらも、もう一歩待つて、保護者の少年再教育のための具体策を見極め、それでもなお少年が不適応状態を示す場合に収容に踏み切るとする方法も考えられないわけではないとの意見を付していること等の諸事情をしんしやくすれば、現在においては、少年を保護観察に付してその更生を期待することも十分に可能であると認められる余地があり、結局原審の処分は著しく不当であることに帰すると認められる。

よつて、本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項により原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 新関雅夫 裁判官 下村幸雄 小林隆夫)

〔参考一〕抗告申立書

申立の理由

原決定は、少年が十分に反省し、改悛の情が顕著であること、保護者が、その後、家庭環境や、学校及び交友関係の改善に努力を尽して、具体的にその改善の方策をこうじていること等、少年の指導監督に十分な熱意と能方とをもつているので、少年に対する要保護性の認定に誤りがあるか、乃至は、これについて認められる要保護性の程度に比し、その処分が著しく不当である。

尚、抗告の趣意の詳細は、原決定の決定書の完成をまつて、検討のうえ、補充致します。

以上

抗告趣意補充書〈省略〉

〔編注〕受差戻審決定(東京家昭五四(少)第一六六五六号昭五五・二・一九不処分決定)

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